【イチ】

2/4
545人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
「ただいまー」 クツを脱いでリビングへ続くドアを開けたところで、 香ばしい匂いがした 「た、だ、い、ま!」 イヤホンを外して片耳に大音量で言うと、 彼はうおっ!と驚いた後、おかえりと やさしく笑った 私はうん、と返事をし、ソファに倒れ込んだ フライパン片手に鼻歌をうたう、 この人は私の彼氏だ たぶん2年前からつきあってる きっとこれからもつきあっていくであろうヒト、 「疲れてるねー」 両手に乗せられてやってきた皿が、テーブルに置かれる コップやフォークが運ばれてきて、殺風景だった目の前が どんどん鮮やかになっていった 「イタリアンスパゲティ?」 「好きでしょ」 うん、と返事したきり、私はまた目をつむってしまった だいすきなイタリアンスパゲティを、食べる気力がなかった。 「ごめんねー」 「俺が、仕事見つけられないから」 もう少しで眠ってしまいそうだった私の耳に、 申し訳なさそうな彼の声が聞こえた 私は、「んーん」と返事をし、 彼の手を探して、 私の額にあてさせた 「冷たいね」 私はこの手の温度が好きだった 料理や洗濯をした後に、いつも 水で冷たくなってるその手が 「家事とか任せっきりで、ごめんねー」
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!