【イチ】

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「ただいまー」 クツを脱いでリビングへ続くドアを開けたところで、 香ばしい匂いがした 「た、だ、い、ま!」 イヤホンを外して片耳に大音量で言うと、 彼はうおっ!と驚いた後、おかえりと やさしく笑った 私はうん、と返事をし、ソファに倒れ込んだ フライパン片手に鼻歌をうたう、 この人は私の彼氏だ たぶん2年前からつきあってる きっとこれからもつきあっていくであろうヒト、 「疲れてるねー」 両手に乗せられてやってきた皿が、テーブルに置かれる コップやフォークが運ばれてきて、殺風景だった目の前が どんどん鮮やかになっていった 「イタリアンスパゲティ?」 「好きでしょ」 うん、と返事したきり、私はまた目をつむってしまった だいすきなイタリアンスパゲティを、食べる気力がなかった。 「ごめんねー」 「俺が、仕事見つけられないから」 もう少しで眠ってしまいそうだった私の耳に、 申し訳なさそうな彼の声が聞こえた 私は、「んーん」と返事をし、 彼の手を探して、 私の額にあてさせた 「冷たいね」 私はこの手の温度が好きだった 料理や洗濯をした後に、いつも 水で冷たくなってるその手が 「家事とか任せっきりで、ごめんねー」
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