汽笛のかぜ

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病気の名前や、詳しいことはお母さんにはわかりません。 ずっと貧民街で育ち、学校もろくに行けなかったお母さんには先生の話も書類の内容も全部は理解できなかったのです。 ただ、マヤがこれからたくさん苦しむと言う事とたくさんのお金がかかる事だけは、理解できました。   元々お母さんは自分の身体を売って生活をしていました。娼婦だったのです。 マヤが産まれる前までは貧民街の中でもそれなりの生活が出来ていました。でも、マヤが産まれてからは娼婦の仕事もあまりできなくなってしまいました。 子持ちの娼婦は、好まれていないのです。   仕方なく、お母さんは近所のレストランの皿洗いの仕事をはじめました。毎日毎日冷たい水で皿を洗い、お母さんの手はあかぎれでひどいものになっていました。それでも、親子二人が暮らしていくにはギリギリの給料しか貰えませんでした。   マヤは優しい子でした。自分のおうちが今どうなっているのか、マヤにはきちんとわかっていました。 だからマヤは今までに一度だって、お母さんにクリスマスの話はしなかったし、プレゼントの催促もした事がありません。   お母さんも、そんなマヤの気遣いをきちんとわかっていました。 だからこそ、とても悲しいのでした。
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