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「あー、あれだろ?夏のセンバツの準々決勝?」
この一言で、目の前の彼女の表情が『鳩が豆鉄砲を喰らう』という、まさに言葉そのものになった。
しかし、それが目に見えて険しくなっていく。
「そんなじゃなくて!マジメに答えてよ!」
温厚ではないが、やたらといきり立つ事はしない彼女が語調を強めた。
さすがにマズいと思ったが、どうにもこうにも思い出せないものは思い出せない。
「…ゴメン、わかんないわ。どっか行く約束してたんだっけ?」
「んーん、してないよ…」
そう言うと彼女はうつむいてしまった。
さっきまでとは打って変わって、声のトーンもずいぶん落ち込んでいる。
それは、紛れも無くオレの態度、対応が原因で…。
気まずいやら情けないやら、オレはかけるべき言葉を見つける事もできない。
二人の間に、沈黙が訪れた。
目の前で頭を垂れる彼女。
その頼りない肩を震わせる原因を作ってしまった、という事実がオレを縛り付けて動かせなくしている。
沈黙の時間が、長い間二人を隔てて横たわっている、そんな気がした。
「…明日でね、」
ようやく静けさは破られた。が、面を上げた彼女の目にみるみる涙が溜まっていく。
そして、声の震えを押さえ付けるように、か細い声を搾り出すように続けた。
「付き合い、始めて…」
そこで一旦切られた言葉。その先を、大切に摘みあげ、確かめるように間を取る彼女。それは、言葉にしてしまうのをためらっているようにさえ見えた。
が、意を決したのか、ゆっくりとオレの目を見据えて、あくまで穏やかに、精一杯の平静を装って、彼女は口を開いた。
「付き合い始めてね、あたしたち、三年目なんだよ…。」
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