漂流する意思<1>

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 『ヒュプノシス』  彼を知ろうとするとき、その存在を無視することはできない。  『ヒュプノシス』  それは名前だ。  『ヒュプノシス』  そこには悪意がある。  『ヒュプノシス』  それはサークルの名前。  『ヒュプノシス』  彼はそのメンバーの一人だった。  『ヒュプノシス』  彼はそのグループの構成員でありながら、いつしかそれは彼を構成するものになっていた。  悪意は根を張り、彼を作る要素となる。  ヒュプノシスは5人のメンバーで構成されていた。  そのグループの目的……  それは快楽を得ること。  その単純な言葉に集約されていた。  様々な手段で集められた女性に対し、彼らの中の一人が特殊な行為をし、その結果無抵抗になった女性相手に性行為に及ぶ。悪と断言するのに些かの躊躇もない集団。  今の憲二を知る者には、そんな行為を行う集団の中に彼がいたなど想像もつかないだろう。憲二にだってそんな自分が信じられないのだ。そして彼は今も悔やんでいた。自分がしてきた悪事を。 「どうした憲二、しけた顔して」  頭の中に忌まわしい車中での出来事がよみがえる。記憶の声の主は浅倉愼一。ヒュプノシスの中心であり、特殊な何かをを使いこなす男。彼が憲二の中に魔物を住まわせた。 「どうした憲二、しけた顔して」  頭の中でその声が反響する。サイレンの鐘のように不愉快につんざく。彼はこめかみに手を当て瞳を閉じる。  去れ、ここは俺の頭の中だ。  当然憲二は彼を憎んでいる。しかし不思議と彼を憎みきることはできなかった。  なぜなら犯してきた行為、その全て彼のせいにすることはできないからだ。非はその行為に荷担した俺にも深く深くある。彼はそんな風に思い、何より自分の不甲斐なさを憎んだ。  彼は自分の罪を受け入れてきた。しかし時々潰されそうになるのだ。その重圧は無言で迫り来る。夜の隙間から、街の片隅から、見上げた空のその上から。  どこであれ彼が生きている限り。
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