夏の思い出

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春の夜風が妙に清々しく、風に揺られ擦れ合う葉の音が耳に入る。 おそらく初めて来た場所ではない。 友達と何度も自転車で駆け抜け、走り回り、暗くなるまで遊んだ事もある。 そのはずなのに一つ一つの景色がとても新鮮に感じられた。 俺たちは坂の草むらに腰掛けた。 というより彼女に手を引っ張られているので自然に俺も草むらに座ることになったというほうが正確だろう。 「こんな所から、花火が見えるのかよ?」 俺は機嫌悪く疑問をぶつける。 まだ、半信半疑な事とさっきから陥ってる変な感覚のせいでつい悪く言ってしまう。 そんな俺の考えとは裏腹に彼女は微笑み得意げに 「まぁ見てなさい!」 その瞬間、 パンッパーンと音が鳴り、音のほうを向くと下からは見えない全体の花火が見え、水面にも花火が移っている。 水が揺れる度に水面の花火がゆがみ、光が広がっていく。 その光景は俺が今まで見た景色の中で一番綺麗だった。 その時の彼女は俺が感動しているのを見て、してやったという表情で笑っていた。 そんな彼女の表情に少し敗北感を覚えたが、 花火の美しさのせいでその苛立ちもさっきまでの不機嫌さもいつの間にか消えていた。 しかし、時間は永遠とはいかずに十分程で花火は終わってしまった。 「そういえばお前・・・家族は?」 俺の言葉を聞いた瞬間さっきまでの表情とは変わって暗くなり 「小さい頃、交通事故で死んじゃって、顔も覚えてないの・・・」 と彼女は少し俯いて言った。 「そうなんだ、大変だな。」
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