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「さぁ。遠慮せずに飲みたまえよ」
ティーカップからは湯気と共にほんのり甘い香りが立ち上っていた。
グレイスはカップを手に取って、一口啜る。
「……甘くないんだな」
驚いて言うと、君は甘いものが苦手だろうとサファイアは言った。
そして自分も紅茶を一口啜ってから、また深いフードの向こうでにやりと笑った。
「ご婦人方にも評判が良くてね。紅茶売りにもなれそうだ」
グレイスは、商売は上手くいっているのかと友人に問う。
まぁ生活には困ってないよと友人は笑ったまま答えた。
サファイア・P・スィアーノは宝石売りだ。
その出で立ちから、フードの宝石商などと呼ばれている。
否、もうひとつ通り名がある。
それは、フードの向こうに在るモノが見えた者にだけ通ずる二つ名。
グレイスはフードの向こうの“ソレ”が嫌い、というよりは不気味で、好きになれない。
昔は顔を隠す必要もなかったのにな、と、グレイスは呟いた。
「ああ、コレかい? 僕は気に入ってるんだけどね。それに、顔を隠すのが目的じゃないしさ」
彼はそう言って、深く被ったフードを少しだけめくり上げた。
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