第1章 沙樹子の場合

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あなたに抱かれながら、思った。 いま、あたしは幸せなんだって。 次の朝、あなたはあたしに部屋の合鍵をくれた。 うん。 すごくうれしかった。 だって。 合鍵をもらうのって、ずっと憧れていたから、ね。 あたしは、たぶん本当に幸せだったんだと思う。 そして、この幸せがずっと続くと信じていた。 忙しくて逢えないときでも、あなたは優しかったよね。 毎日、必ず電話をくれた。 あたしたちは、時間を作ってなるべく一緒にいるようにした。 そんな穏やかで、幸せな時間が過ぎていったよね。 でも。 あるときから、あなたが、あたしじゃない誰かを見てることに気づいてしまったの。 だけど。 あたしは、それに気づかないふりをしていた。 あなたは、いつも優しかったよね。 でも。 その優しさが、あたしにはつらかった。 あなたに浜名湖の旅行に誘われたとき、あたしは決心していたの。 あなたの気持ちを、ちゃんと確かめたい、って。 夕陽にきらめく、浜名湖の湖面を二人で見ていた。 そのとき、あたしは勇気を出して、こう言った。 「ねぇ、ひろ…。話があるんだけど…。大事な話」 あなたは、ちょっと驚いたように、あたしの顔を見つめていた。 「最近、ちょっと感じるの…。誰か他に好きなひとでもできたのかな?って」 あなたの顔が、急にこわばった。 あっ。 やっぱり、そうなんだ。 あたしには、そのとき、はっきりとわかったの。 だから。 あたしは、あなたから離れることに決めた。 それは、あなたのことが大好きだったから。 あなたに逢えたことを、後悔なんてしない。 あたしは、幸せだったから。 でも……。 あたしは……。 あなたの、声が好きだった。 高くもなく、低くもない。 落ち着いていて、ゆっくりとやさしくしゃべるあなたの声が好き。 そんな声で、話しかけられたとき。 あたしの胸は、トクンって高鳴ったの……。 あの時、確かに……。 『恋愛小節1990~Girl's Side』 第1章  沙樹子の場合 了
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