第3章 陽子の場合

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あなたは、優しくあたしの目を見つめていた。 そして、こう言った。 「キミのことをもっと知りたい。俺も……O型の女を捜していたんだ。だから……」 あたしは、自分でもわかるくらいに、顔が火照っていた。 あたし。 もしかしたら。 一歩、踏み出せるかもしれない。 あたしは今、確かにそう感じていた。 だって。 あなたは、アイツとは違う、もっと優しい笑顔を見せてくれる。 あたしは、あなたの目をじっと見つめ返していた。 今日は、午後からバイトがあった。 だから、あなたは気を使って、池袋まで送ってくれた。 「また、逢おう。連絡するね」 あなたは、そう言って笑った。 あたしは、部屋に戻った。 そして、考えていた。 もう、アイツのことなんて、想ってもどうしようもない。 そんなことは、ずっと分かってた。 でも。 最初の一歩が、どうしても踏み出せないでいた。 もしかしたら。 あなたとなら、大丈夫かもしれない。 ううん。 きっと、大丈夫。 あたしは、明るくなってきた部屋のベッドに入って、枕をギュっと抱きしめた。 あたしは、その日午後からデパートでバイトだった。 サンプルのビールを配る、マネキンのお仕事。 ちょっと眠いけど、今日は元気に仕事が出来た。 「どうしたの、陽子。楽しそうじゃん、今日」と、ユカが声をかけてきた。 ユカって、かわいい。 モデルもやってるだけあって、スタイルもいいし。 「うん、まあね」って、あたしは笑った。 「なんかいいことあったんだね。よかった!」と、ユカは喜んでくれた。 アイツのことで、ユカには、いっぱい心配をかけた。 だから、いま。 こんなに素直に笑える自分が、あたしはうれしかった。
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