第3章 陽子の場合

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その3 バイトも、もうすぐ終わり。 そんなとき、あたしはあなたの姿を見つけた。 えっ? どうして? 「ひろさん!どうしたの?」と、あたしはあなたに声をかけた。 「逢いたくて、来た」と、あなたは恥ずかしそうに笑った。 あたし、そのとき思ったの。 ありがとう。 これであたし、ちゃんと一歩踏み出せる、って。 バイトが終わるまでの時間が、とても長く感じられた。 あなたは、どこで時間をつぶしてるんだろう。 申し訳ないな、って。 そんなことばかり、考えていた。 バイトが終わると、あたしはすぐにあなたに逢いに走った。 そして。 あなたとあたしは、池袋西口のお店に入った。 「ここって地鶏がおいしいんだよ」って、あなたが言った。 あたしたちは、二人用の個室に入る。 うん。 ホントにおいしい! そして。 あなたと話すのも、もちろんとても楽しい。 あたしたちは、ずいぶん長い時間、話をしていた。 でも。 あたしは、まだまだあなたと話がしたかった。 そのとき。 あなたが、あたしの手をゆっくりと握ってこう言った。 「今夜、ずっと一緒にいないか?」って。 あたし、ちょっとびっくりした。 ほっぺたが、熱い。 昨日出逢ったばかりなのに……。 でも、そんなの関係ない。 あたしだって、あなたとずっと一緒にいたい。 自分からそう言うのが、すごく恥ずかしかっただけ。 あなたは、あたしをゆっくりと抱きしめる。 そして、優しくこう言った。 「大丈夫。キミを大切にするから。俺だってキミが嫌がることなんてしないさ」 そうだよね。 あたしは、ゆっくりとあなたの目を見つめる。 あたし、あなたと一歩踏み出したい。 あたしは、ゆっくりとうなずいた。 あたしは今、あなたの腕のなかにいる。 それだけで、どうしてこんなに幸せなんだろう? 長い間、忘れていたかもしれない、こんな気持ち。 そして。 もしかしたら。 アイツのときよりも、幸せなのかもしれない。 そのとき。 あたしは、そう感じていたの。
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