第3章 陽子の場合

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店を出たあたしたちは、あたしの部屋に向けて、夜の池袋の街を歩いた。 あたしは、あなたの手をとって、ゆっくりと確かめるように手をつないだ。 歩くのがゆっくりなあたしに、あなたが歩調を合わせてくれるのが分かる。 あなたって、優しいな。 そのことが、とてもうれしい。 並んで歩く、あなたの顔を見る。 あなたは、優しく微笑んでくれる。 その笑顔に、あたしの胸は高鳴ったの……。 横断歩道を渡ろうとしたとき、信号が赤に変わった。 歩いていたあたしたちは、一緒に歩を止める。 あなたが、あたしの方を向いた。 えっ? あなたは、じっとあたしの目を見つめていた。 あっ。 あなたが、突然あたしをギュっと抱きしめた。 12月の冷たい風が吹いていた。 でも。 今は、それさえも気持ちがいい。 あなたは、あたしの目を優しく見つめた。 そして。 あたしも、あなたの目を見つめ返す。 あたしたちの唇が初めて触れ合ったちょうどそのとき、信号が青色に変わった。 男の人を部屋に呼ぶときって、いつも緊張する。 と、いっても。 何回もあるわけじゃないけどね。 「ちょっと待っててね」 あたしは、あなたをドアのところに待たせて、急いで部屋を片付けた。 「はい。お待たせ!」と、あなたを部屋に入れる。 「へぇ、かわいい部屋だね。いいじゃん」と、あなたは言った。 よかった。 あたしは、自然と笑顔になった。 「紅茶でも入れるね!」 あたしは、温かいオレンジのフレーバーティーを入れた。 そして。 ふたりで一緒に、温かい紅茶を飲んだの。 あなたは、優しい。 そして、大人だった。 あたしたちは、朝まで話をして過ごした。 手をつないで、肩を抱かれて。 そして、ひとつの毛布にくるまって。 見つめあって、キスをした。 いま、あたしは、とても幸せだった。
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