第3章 陽子の場合

8/8
前へ
/26ページ
次へ
そして。 「陽子の部屋で、二人で過ごそうよ。俺、陽子とふたりっきりで過ごしたいんだ、クリスマス……」 あたしは、あなたのその言葉に、ホッとしていた。 焦らなくたって、全然いいじゃない。 あたしは、あなたを信じる。 そう決めたんだから……。 クリスマスイブの夕方。 あなたから、電話が入った。 「予定通り。もう仕事終わったから、ケーキ買って行くね。待ってて!」 あなたの声は、とても楽しそう。 だから。 あたしも、楽しくなった。 ドアを開く。 そこには、あなたが微笑んで立っていた。 あたしもつられて、微笑む。 あなたは、ケーキとバラの花を一輪、あたしに渡してくれた。 うれしい! すごく、うれしい! 赤いバラの花から、あなたの気持ちが伝わってきた。 だから、すごくうれしかったの。 あなたは、あたしを抱きしめる。 そして。 あたしたちは、見つめ合う。 優しくキスを交わす。 そして。 あなたは、こう言った。 「プレゼント、一緒に買いに行こう。これから……」 あたしは、もう一度あなたの目をじっと見つめる。 「自分で選びたいだろ?指輪……」 あたしは、ゆっくりとうなずく。 うれしい。 あたしは、涙が出そうになるのを必死でこらえていた。 だって。 あなたに。 幸せなのに、涙を見せるのはイヤだと思ったから。 あたしたちは、急いで丸井へと向かった。 しっかりと手をつないで、一緒に駆け出した。 池袋の街明かりが、今夜は暖かく感じられた。 気がつくと、日付は変わっていた。 1990年12月25日。 今年のクリスマスは、きっとずっと忘れられないクリスマスになると思う。 あなたの指があたしに触れたとき、あたしは幸せだと思った。 あたしはあなたに抱かれながら、いま本当に幸せなんだって。 あなたとおそろいの、ホワイトゴールドのリング。 あなたの指のリングを見ながら、あたしはやっと一歩踏み出したって思えたの。 アイツのことは、一生忘れられないとしても。 あたしは、あなたをずっと大切にしたい。 死んでしまったアイツのことは、ずっと忘れられないとしても。 あたしは、あなたと生きていくんだ。 いつまでも、ずっと。 『恋愛小節1990~Girl's Side』 第3章  陽子の場合 了 完
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加