第1章 沙樹子の場合

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その3 あたしたちは、池袋北口駅前にある、イタリアンレストランに向かった。 もちろん、手をつないで。 地下に降りる階段は、狭くて急だったけど、入り口を入ると、その店は思ったよりも広かった。 イタリアンのコース料理を食べながら、あなたはまた、いろいろな話をしてくれた。 あたしが残した留守電のメッセージを聞いて、感じたこと、心配したこと、うれしく思ったこと。 逢えない時間は、とても寂しかったけど。 あなたのそんな気持ちが、あたしはとてもうれしかった。 「面白い店があるんだ。一緒に行こう」 って、あなたは言った。 あたしは、ちょっと考えていた。 午後10時13分、か。 今日は、もしかしたら帰れないかもしれない。 でも。 あたしは、それならそれでもいいって思っていた。 だから。 「うん。連れていって」って、言ったの。 その店は、薄暗い階段を下りた地下にあった。 ドアの向こうから、レゲエの大きな音が聞こえていた。 低音が、おなかに響く。 ちょっと怖い……。 あたしは、あなたの顔を見る。 あなたは、ニッコリと笑ってくれた。 だから。 あたしは、少し安心できたの。 フロアを横切って、奥にあるボックス席に座った。 音が大きくて、普通には話が出来ない。 でも。 あたしは、あなたに近づくようにして、一生懸命話を聞こうとしたの。 「あのさぁ、ひとつだけ聞きたいことがあってさ」と、あなたが叫ぶように言った。 「えっ、なに?よく聞こえない」 あなたは、あたしをを引き寄せて耳元でこう言った。 「サッコってさぁ。B型だよね、血液型」 「そう。ひろちゃんA型でしょ?合わないんだよね、AとBって」 あたしは、あなたがA型だって分かってた。 だって、分かりやすいんだもん。 あたしは、A型の男の人と付き合ったことはなかった。 BとAって合わないって、何かの本で読んだことがある。 でも。 あなたとなら、きっと大丈夫。 あたしは、いたずらっぽくあなたに言った。 「B型女に、ひどい目にでも遭わされた?」 そしてあたしは、深呼吸をして、思いっきりの勇気を出してこう言ったの。 「あたしが幸せにしてあげるから、大丈夫だよ……」 「踊ろうか」 あなたは、あたしの手を取ってフロアに連れ出した。
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