~黄昏、日を経る時あれど、我に文或るは誰そ彼れと思ふ~

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  神楽はその普通を死守すべく、振り払いながら答える。   「ちげぇよ、バカ信」   「バッ、バカ信?」   冷たくあしらわれ、更にバカ信と罵倒された学生が飛びすさる。 そこに畳み掛けるように言う。 「バカ信はバカ信だ、バカ信」   バカ信と何度も連呼され、さすがにヘコんだのか、身を縮めてしゃがみこんでしまった。 いい歳してガキっぽい。 その辺りが憎めないところの所以だろうか。 さすがにいじめるのはこの位にしておこう。 こいつの名前は木暮君信(コグレキミノブ)。 人となりは………もう別に良いだろう。   「……打ち上げがあるんだとさ…」   とりあえず問い掛けには答えておこう。   「あぁ、なるほど!」   ちっともヘコんでいなかったらしい。無駄に元気いっぱいだ。   精一杯の嫌そうな表情にも気付かず、君信は続ける。   「そーいえば、生徒会の会計の女子がそんなことやるって4・5人で騒いでたな。 『神楽先輩、絶対来てくださいねっ!』ってキャーキャー言われてさ。 ……お前その後俺がなんて言われたか知ってんのか?」   …女子の声真似のつもりだろうか……? 急に裏声を出すな、裏声を!気持ち悪いっ!   「……ついでに木暮先輩も来てください…だっけ?」   もちろん裏声なんて出さない(当たり前だっ!)。ほぼ棒読みに近い。 君信の事など何も考えず口に出したのだが、それがまずかったらしい。 泣きそうな顔をしながら、せきを切ったようにわめきだした。   「そーだよっっっ!俺はお前の『ついでに』打ち上げに呼ばれたんだ! 俺、書記長なのに……。 しかも、名前じゃなくて名字で呼ばれてるし、語尾に『ね』も無い。 …いーよなぁ……何もしなくてもモテる奴はさ」   そこまで言い終えて、君信は苦しそうに大きく息を吸った。 眼には少しだけ涙が滲んでいる。   「あいつらが勝手に寄ってくるんだ」   第二波が来た。   「何だ、お前その余裕。 副会長で成績も良くて、運動神経も良くて、そのクールな態度が女子に受けてても何だ、その余裕は! 俺だってお前くらいモテてぇよ!!」   …てぇよ!…ぇよ!…よ! こめかみを押さえて、顔をしかめることになった。 頭の中に君信の声がエコーのように響き渡る。   夕焼けの空に叫び声が虚しくこだました。
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