~黄昏、日を経る時あれど、我に文或るは誰そ彼れと思ふ~

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  早口に喋りきり、肺の中の酸素を無駄に使った挙げ句、魂の叫びによって短期間呼吸困難に陥った君信を一瞥すると、軽く息を吐いて向き直った。   「じゃ、やるよ。俺はモテたいなんて思ったこと、一度もねぇからさ」   「ちきしょー!言ってみてぇ!死ぬまでに言ってみたいセリフの22位くらいに入ってるぞ、それは!」   「思ったより低いな」   「そういう問題じゃねぇ!つまりだなぁ、それくらいお前の態度はムカつくんだ!」   「そうか」   驚異的な回復力で叫び続ける君信のごたくを一言で切り捨てる。 いわゆるすかしだ。   …しかし、どうやらそれで君信は感極まったらしかった。   「『そうか』じゃねぇっつってんだろ! ちくしょう!うらやましいんだい!!」   …大の男が頬を膨らませながら子供のようにわめく光景は異様だった。 ……異様すぎる。 てかむしろ気持ち悪い。   神楽は先程よりも一際大きなため息を吐き、歩みを止めた。 もはや人間には理解できない言語を口からダダ漏れにしている君信に向き直ることもなく。 「俺もお前が羨ましいよ」と言った。 君信が動きをピタリと止めたのが、空気で分かる。   君信ノイズ(今命名)も無くなった。 代わりに「へ?」というまぬけな声が漏れる。   一時の静寂が訪れた。   ……………………………。   「…えっ?えっ、えっ?どこが、どこが?」   「お前のそのノー天気な所とかな」   その時確かにその場の空気は止まったと思う。     君信は思考を巡らせているのか、「あれ?」やら「えーと…」やら「うーん…」などとうなっている。 そして一つの結論に達したらしい。 自信満々にこう言った。   「……バカにされてるのだけは分かったぞ!」   「上出来だ」心からそう言った。   「きぃ~。いつか俺だって、俺だってモテてやるー!」   「がんばれ」   「うっわ!誠意のカケラもねぇ」   体中の力が抜けたかのようにガードレールに身を預けた君信は、わざとらしく肩を震わせていた。
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