~消え逝くは幼き日とともに~

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  「ハァッ………ハァ………ハァ………ハァ…」   暗い廊下をあてもなく走る。 窓が、床が、天井が、後ろへと流れていく。 心臓が爆発しそうな程に脈打ち、息苦しさを倍加した。 とめどなくやってくる暗闇の中をひたすらに駆け抜けていく。   ヒタ ヒタ ヒタ ヒタヒタ ヒタヒタ ヒタ ヒタ   壁中を何かが這いずってくるような感覚に背中がチリチリして、振り向くこともかなわない。   「弖虎………なんでっ…!?」   神楽の目から一筋の涙が溢れた。 細長い筋が幾重にも連なって視界を染めていく。   「恐いこわいこわい恐い怖いコワイ怖いコワイコワイ恐いコワイコワイ恐い怖いコワイコワイ恐い………」   怨嗟の声の如く、低く低く流れる声が闇に吸い込まれるかのようにして鈍い閃きと一緒に飾る。 裸足の足がペタペタと床を捉える音も何もかもが静か。   「神楽っ!おい、どこだっ!」   ただ君信の声だけが病院内だと言うのにやかましく響く。 神楽の中で反響するそれは何かを一層助長し、それから離れようと体は引きつる。   「ひっ!て、弖虎…」   地べたを這いずる毛虫のように藻掻き、蠢く。   「い、いやだ……たすけ、……だれか……たすけて…」   半ば転がるようにして外に飛びだした。 肌寒い風がパジャマだけの神楽の体を撫でていくが、何も変わらない。 ただ地面がリノリウムからでこぼこのアスファルトに変わったことで足を取られた。 掌を擦り剥き、血が滲む。 傷が熱を持ってズクンと跳ねる。 傷口が一瞬で膿んでいくかのような感覚に吐き気がした。   「…たす、たすけて……か、かあさん………」   涙で歪む視界の中、神楽は必死に母親を呼んだ。
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