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「呼んだかい……神楽…」
所在なき呼び掛けに答える声があった。
やさしく。
力強く。
そして『何か』を奥に潜めた声で。
声に反応して顔をあげる。
何かを探し求め、顔を彷徨わせる。
中空を動く視線がある一点で止まった。
その視線の先、目に映るもの。
―朝倉緋純―
「ひっ、緋純さ………、かあさんっ!」
恐怖を彩る声に多少の安堵を混ぜ、神楽が呼ぶ。
初めて緋純を『かあさん』と。
「神楽……やっと私のことをかあさんって呼んでくれたね…」
貼りついた、凍り付いたような笑顔を神楽に向ける。鋭利な刃物のような視線が神楽を射ぬく。
だがそれすらも意に介さず神楽はふらふらと夢遊病者のような足取りで緋純へと歩を進める。
それを緋純はあくまでも表面上はやさしい微笑みで見守る。
「…………」
黙ったまま。
自分の愛しい子供を見つめるかの如く。
渦巻く感情を内に秘めたまま。
「残念だよ」
そう言った。
同時に緋純の右手が神楽の腹部にねじ込まれる。
ズグリという音と共に、あまりにも易々と沈み込んでいく。
緋純の手に握られたナイフが冴えるような『紅』に染まっていった。
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