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~明ける異世、明けぬ現世~
気が付くと窓から朝日が差し込んでいた。
頭を抱えて辺りを見渡す。
自分が椅子で寝ていたことを忘れ、前に倒れそうになる。
頭がフラフラし、日の光がぼやけて目が霞む。
頭を覚醒させるために一先ず洗面所に向かった。
鏡と洗面台、歯ブラシや歯磨き粉が置いてある。
蛇口を思い切りひねって水を出すと顔を洗った。
ふと鏡を見た。
気だるそうな自分の顔が映る。
顔を拭きながら居間に行くと緋純さんがスーツ姿にコートを羽織って出かける準備をしていた。
神楽に気が付くとやさしく微笑んでくる。
「おはよう」
「おはようございます」
決まり切った、感情の無い返事。
「神楽~。ごめんなぁ。
5000円あげようと思ってたんだけど、結局銀行行くの忘れちゃってさぁ、3000と……あと800円しかあげられないんだけど…、足りる?大丈夫?」
「…はい。充分です、ありがとうございます」
やけに引っ掛かるものがあるのに気が付いた。
しかしそれを認めたくなかった。
吐き気がした。
「よかった。じゃ、私は仕事に行くから朝ご飯食べて打ち上げ楽しんどいで」
「はい」
緋純さんは玄関をばたばたと鳴らしながら出ていった。
神楽は現実を直視しなければならなかった。
認めたくない自分を連れて。
拒絶する自分。弱い自分。
「まさか……。5000-3800は………1200…だよな…?
いや、偶然だな。……偶然だよ…」
また、吐き気がした。
自分が落ちていく。
頭がフラフラする。
一秒が永遠に等しい時間で回っていた。
なんで自分は生きてるの?
なんで自分は呼吸してるの?
どうして自分は呼吸してるの?
ドウシテジブンハイキテルノ?
その時耳をつんざくような音が神楽の手の先から鳴り響いた。
メールの着信だった。
その音で我に返る。
現実へと引き戻してくれた。
「…君信からか…」
救い主を見て、多少顔を歪めてしまったが本人がいるわけでも無いので別にいいだろう。
呼吸を整えながらメールを見た。
思わずため息がこぼれた。
突然の『日常』に気が抜けてしまう。
「早く来いって…まだいいだろうが…」
苦笑いをしながら呟く。
吐き気はどこかへと消えていた。
神楽は自ら偶然だと割り切ることにした。
まるで自分に言い聞かせるように。
心の中で何度も、何度も繰り返した。
「はぁ…、支度すっか」
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