~夜刻、文来るは我が心を深く刻むる~

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~夜刻、文来るは我が心を深く刻むる~

  神楽の家は13階建てのマンションの5階だ。 白く塗られた外装は所々剥げて、何か物悲しく感じる。   いつもはついていない神楽の家の明かりがついていた。 緋純さんはもう帰っているらしい。 5階に辿り着くと507号室の鍵を開けて中に入った。 普段は無い黒いヒールが揃えて置かれていた。 傘が二本立てられた玄関は物悲しく、来客がほとんど無いことを想像させる。 暗い玄関から居間の明かりが漏れているのが見えた。 神楽は滅多に使うことの無い言葉を口にする。   「ただいま…」   「おかえり」   奥からそれに答える女性の声がした。 居間に入るとソファに座った女性がこちらを向いていた。 少し赤い、ウェーブがかかった長髪に鋭い目付きをした女性だ。 彼女は朝倉緋純(アサクラヒズミ) 母の妹…………つまり神楽の伯母にあたる。 強気な性格で、しゃべり方も男らしい。 昔、暴走族だったとか言う話も聞いたことがある。 真偽の程は定かでないが。   着替えるために部屋に入ろうとして足を止めた。   「…そういえば、明日打ち上げがあるんです。生徒会の」   「ん?そっか。じゃ、金がいるな。幾らいる?」 緋純はハスキーな声で答えた。   「三千円から五千円くらいでいいと思います。 そんなに使いませんし」   「今手持ちが無いから、明日行くときでいいか?」   「はい」   抑揚の無い声で答える。   「ま、念の為五千円にしとくから」   「ありがとうございます。緋純さん」   緋純さん。昔からそう呼んできた。 でも緋純さんは気に入らないらしかった。   「…………神楽……。あんたねぇ、いい加減『緋純さん』って呼ぶのやめな。 もうあれから三年経ってるんだよ。 そろそろ『母さん』って呼んでくれてもいいんじゃないか?」   ……………無視をした。 早足で自分の部屋の中へと進む。 ドアを後ろ手に閉め、鍵をかけた。 かちりと言う金属音が心にやけに大きかった。   闇が支配する部屋の中に、自分の呼吸の音だけがやたら響いていた。 「ふぅ…」 ドアに背を預けた神楽は無意識に、おそらく自分にすら聞こえない程の小さな声で呟いていた。   「……言えるわけ……無いでしょう………」   虚を見つめながらどれ位そうしていたのだろう。 部屋には静寂だけが存在していた。
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