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数人の男女が連れ立って薄暗い工場の中を歩いている。明るい話し声は、それまで両者の間に流れていた空気を押し流すには充分のものだった。
どうやら記念撮影でも始めたのだろうか。シャッターを切る音が、周囲に響くと同時に、楽しげな笑い声が上がる。
その様子をしばし凝視する『博士』に、男は声をかけた。
「これは失礼しました。どうやら研修中の社員のようですね。すぐに……」
だが、男はすぐに口を閉ざした。あいかわらず『博士』は、乱入してきた若者達を……いや、正確に言うと、一人の女性を凝視している。ややきつい印象を与えるが、整った容姿の女性を。
「いかがなさいました? 博士」
戸惑ったように問いかける男の顔は、次の瞬間凍りついていた。対して、それまでどこか心ここに有らずといったような『博士』の顔には、笑みが浮かんでいた。今まで見たことの無いような、狂喜の笑みが。
「先ほど、君は機密に触れた事がある、と言ったね?」
「え……ええ。公然の秘密となっている『特務』の研究に携われた博士のお力を是非とも……」
「残念ながら、私が携わった研究は、私のプロジェクト離脱と共にすべて廃棄を余儀なくされた。今現在稼働している『特務』と呼ばれる存在は、より『ヒト』と言うよりは機械に近いモノだろう」
「では……」
瞬間、男の顔に影が過る。それを『博士』のくぐもった笑い声が塗り潰していく。
「だが、このシステムで充分、似たようなモノなら作れない事もない。ついては社長殿……」
不意に話を振られ、男は思わず姿勢を正す。笑みを張り付けたまま、『博士』は続けた。
「御社の職員お一人を、しばし拝借できませんかな?」
言い終えて、『博士』は再び声を立てて笑う。その様子に尋常で無いものを感じ、男は思わず後ずさっていた……。
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