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マーニャは人込みをかき分け器用に進んでいく。
やがて辿り着いたのは立派なレストランだった。
「こんな高そうなところ」
ラナは息を飲み込んだ。お支払いできません、と小声で付け足す。
そこは町の富裕層でなければ足を運べそうもないレストランだった。
壁にはオレンジ色の花が飾られ、白い色に良く映えている。入り口には体格の良い男性が一人、場違いな客が入らないように睨みを効かせて立っていた。
「月読みの世話をしている間の特権よ。重要な立場にあるあなたにはその権利があるんだから、しゃんとしなさい」
背筋を伸ばしたマーニャが入り口の男性に近付き何事か話している。ラナは首を縮めながらマーニャに従った。
「町に滞在している間は、あなたはここで食事を摂るの。支払いは国がするから気にしないで」
入り口の男性にうやうやしく頭を下げられ、磨き上げられた木製の扉を通りながらマーニャが説明する。
店内は思ったとおりだった。
良く磨き上げられたテーブルとイス。窓からは明るい光が射し込み、けれど直接室内に陽が当たらないようにカーテンで調節されている。
調理場の方からはお腹の虫を騒がせる良い匂いが漂ってくる。
部屋の四隅に待機していた給仕がさっと二人に歩み寄り、ほほ笑みを浮かべながら二人をテーブルに案内した。
すっかり気圧されているラナに対して、マーニャは少しすました顔でイスに掛けた。場慣れしているのは三年間通っていたためか、それとも。
「マーニャさん、あの……」
マーニャはラナにほほ笑んで見せた。そこには余裕が感じられる。ラナは理解した。
思えばマーニャはいつも仕立ての良い上品な服を着ていた。それは月読みの世話という重要な仕事を担っていたからではない。むしろ、逆なのだ。
月読みの側には良家の子女を。そうして選ばれてきたのだろう。
月読みが重要視されていることが、こんなところにもうかがえる。
今回ラナがこの任にあたるのは、特別な事態だからだ。彼女の出自(しゅつじ)と魂の特別性が必要だったのだろう。
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