歩み寄り

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 先週、ラナにはルドナ政府から通達が来ていた。  次代月読み妊娠に対する礼状と、出産後、落ち着き次第の下山命令。労をねぎらい、相応のポストと楽な仕事を用意するとのことだが、誰も信用してはいない。  母親を子どもから引き離して、感謝も何もあるものか。  下山すれば、役目を終えたラナは処分されることになるだろう。  子どもは世話係の元で育てられるようになるらしい。その辺りは抜かりなくクラムトが操作し、マーニャとシシルも参加できたが、その中にラナを加えることは許されなかった。  せめて一年、赤子とラナをカナル山に引き留めるのが精一杯だった。  しかし、ラナの胸には諦めとも、満足感ともつかないものが育っていた。  本来、子どもを授かることがないはずだったラナだ。仮初(かりそ)めとは言え、自分の子どもと呼ばれる存在ができるのはくすぐったい。  ルドナ政府の通達とほぼ同時に、ラナには嬉しい贈り物が届いていた。アルドネの巫女たちから、懐妊を祝う手紙と赤ん坊用のおくるみが届けられたのだ。  手紙は拙いルドナ文字で綴られ、ところどころ墨で塗り潰されている。政府の検閲を受けたのだろう。  それでも、内容はラナを元気付けるに十分なものだった。  無事の出産を巫女一同、祈っている。  巫女たちはラナの嘘を知っている。何しろラナは子宮を持っていないのだ。子どもができるはずがない。  けれど、巫女たちは黙って見逃してくれた。  ラナが妊娠できないことが彼女たちから漏れること。それは一番、懸念(けねん)していたことだったから。  柔らかなキルト地で作られたおくるみにはアルドネの刺繍が施され、可愛らしく仕上がっている。  ラナの提案どおり、アルドネの刺繍で生計を立てていること、なかなか好評であることなどを聞いて、不覚にも涙がこぼれそうになった。  おくるみの刺繍には、桃色の花弁に混じって、ラナに馴染んだシンボルが目立たないように散りばめられていた。  アルドネの神がいつでも側にいることを表したシンボル。アルドネで子どもの出産を祝う時に、その産着に縫い付けたような。
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