196人が本棚に入れています
本棚に追加
「おはようございます」
ラナは勢い良くドアを開けた。目玉焼きと温めたミルク、焼きたてのパンの匂いも一緒だ。さすがにこれなら相手も起きるだろうと思ったのだが、甘かったらしい。
共同生活一日目、まだ相手の行動が掴めない。
ベッドはもぬけの殻だった。
上掛けは乱れているのでベッドに入ったのは間違いないのだろう。ラナが朝食作りでバタバタしている間か、起きる前かに移動完了したらしい。
行き先は、多分書庫だ。
カーテンがしっかり閉められていたせいで、相手が起きていたことに全く気付かなかった。
ラナはカーテンを開けるとついでとばかりに窓を開け放った。さっと白い光が射し込み、部屋全体が明るくなる。夜の衣を脱ぎ捨てて、部屋は一気に華やかな気配だ。
上掛けをはがす。昼辺りには陽はベッドに降り注ぐだろう。今夜寝るまでにはふかふかになる。
部屋から持ち出した上掛けを干し、そのまま書庫に向かう。扉に耳を当てて中を窺うが、コトリとも音がしない。
それでも、とラナは思った。昨日の様子から察するにこの中で間違いないのだ。
ラナはゆっくりと扉を開けた。
* * *
「朝起きたらまず、挨拶をしてください。いるのかいないのか分からないのでは困ります」
パンをゆっくり飲み込んでから、目の前の男性に声を掛ける。声にトゲトゲとしたものが混ざるのは、何も朝の挨拶が無かったからだけではない。
「あと、お好きなのは分かりましたけど、食べる時まで本を持ち込まないでください」
やっと男性が顔をあげ、ずり落ちた眼鏡を押し上げた。空のように青い瞳が、しげしげとラナの顔を見る。
「失礼でしょう。命を捧げてくれる食べ物に。私たちは、味わって食べる義務があるんです」
「それはそうだね」
男性は笑って見せると、おっくうそうにしおりをはさみ、仕方なさそうに本を閉じた。
やれやれ、うるさいのが来た。
最初のコメントを投稿しよう!