塔の上の変人

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「ええと、ラ……?」 「ラナです。クラムトさん」  クラムトが困ったように差し出した手から察して、ラナはバターを渡した。 「ありがとう。ラナさん」  クラムトは受け取ったバターの表面をすくい、丁寧にパンに伸ばした。ここでは乳製品は貴重だ。頻繁に下山しなくても済むよう、節約しなければならない。  昨日、ラナは新しい仕事に就くためにカナル山を登ってきた。背中に荷物をくくりつけた小さなラバを引きながら、休み休み六時間。カナル山はこの辺りでも高い山だ。  クラムトがこんな不便な場所に研究所を構える理由は至って簡単だ。  彼は月と星の配置から神の予言を読み解くことを仕事にしている。だから、少しでも空に近付かねばならないのだ。  他の山に阻まれては地平の星は隠れるし、木が多ければ簡単に星の姿を見失ってしまう。  また、人々の生活区には火が多過ぎる。遠く焚かれる火は、星が燃えるのに似ているのだ。  しかしそのせいで、ラナは週に一回、下山して町に買い出しに行かねばならない。山頂までといったらかなりの労力だ。 「さて、今日はどのように行動されるか伺っておいてよろしいですか」  満足そうにミルクをすするクラムトが本に戻る前に、ラナは切り出した。  毎日の作業は先輩のマーニャから聞いている。しかし、クラムトの生活の流れもあるだろう。コミュニケーションは重要だ。  クラムトは目を細めた。窓の外を眺める。 「今日は天気が良いですね」 「ええ」 「昼寝をします」  一瞬、ラナは眉を寄せた。 「昼寝、ですか」  クラムトは天井を指してみせた。正確には、最上階にある研究室を。 「夜の九時辺りから月を読みます。明日の三時くらいまで掛かります」  ラナは瞬時に計算した。夕食の時間はもちろん、入浴の時間もとってもらわねばならない。クラムトは研究と本さえあれば良いらしく、必要がなければ何日も風呂に入らずにいそうだった。  それらを完了させるには、さて何時に起こしたものだろう。
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