【かたちあるもの】

5/5
前へ
/31ページ
次へ
   あの幼子が残した念いは、彼女の心を通り抜け、胸に傷みを遺す。  もの心つく前に母親を失い、また自身も不幸な事故でこの世を去ったのだと知って、彼女の中に生まれた恐怖心は息を潜め、憐れむ気持ちで一杯になっていた。  短く息を吐いて、そっと涙を拭って、彼女は風に揺らぎはじめたカーテンの傍まで行き、ベランダに出た。  心地良い風が汗ばむ肌を撫でつける。 「淋しかったんだね……」  優しく差し延べて欲しかったのだと想うと、そんな言葉が口をついて出た。  それは穏やかな風に乗って、消えた。 「おねえちゃん、わかってくれたんだね」 「え…――」  耳元で、再び聞こえた声に、彼女はぎこちなく振り返った。 「ひとりはさびしいの。だから、いっしょに、逝こう」    触れられた足がちくりと痛み、バランスを崩して見上げた先には、見開いた瞳で彼女を見据え、口許に嬉々とした冷笑を浮かべる幼子の姿が在った。  目の前に迫り来る手が、静かに彼女の首筋を捕える。  無邪気な悪魔が、そこにいた。  
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加