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漆黒に浮かぶ、月だけが見ていた。
光さえ届かない深い森の中へ向かう二つの影が近づき、重なる。
同時に、高く澄んだ金属音が闇を切り裂き、静寂の中に消えた。
刃を交えて、間近に睨み合う。
張り詰める空気。
互いに圧し負けまいとして、力を込める腕が震えた。
靴底が僅かに砂を擦り、遠くで野鳥が羽ばたいたのを合図に、男が退く。
闇に慣れた眼には明る過ぎる月の光が、影を落としながら男の左腕の傷を照らし出す。此処に来るまでに、彼が刻みつけたものだ。
致命傷にもならないけれど、刃に仕込んだ痺れ薬は男の身体に潜り込んでいる。
それで充分だと、彼は心中に呟きながら針のような眼差しを向けた。
もう少し、あと少し…と逸る気持ちを抑えながら、その瞬間を待つ。
晴天の空を鉛色の雲が覆っていく。
そして、風が地を這うように砂埃を上げて去っていく、刹那――。
不意に訪れた闇の中で、再び金属音が響き渡り、呻き声と地を擦る音は鈍く空気に溶けた。
再び姿を現した月は、這いつくばり空を舞った刃に手を伸ばす男と、勝利を確信して口許に笑みを浮かべた彼を見下ろしていた。
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