【視線】

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   切れ長で奥二重の瞼に縁取られた彼の瞳は無言に語る。  彼女にとっては身体の自由を奪う鎖のようだった。  何気ない動作さえ鈍らせてしまうように、その眼差しは強い意思を持って彼女をとらえる。  認識するようになって一年にも満たない。会話らしい会話もしたことがなく、とても親しい間柄とは呼べない関係で、けれど、毎日同じ時間、まだ人もまばらな駅のホームで、階段付近に設置されたベンチの傍に立つ彼の前を通り過ぎる刹那、僅かに絡み、そして解けて一定の間隔で刻む彼女の鼓動を乱す。  それは瞬きほどの短い時間だけれど、全ての色が褪せ、音が消え、肌を撫でつける風さえも彼女には感じられず、すれ違うまでの数歩、瞳は彼にくぎづけになる。  いつも自分から解いてしまう視線は彼女自身が直視できないだけで、その訳に薄々気づいてた。  脳裏に焼きついて離れない意味深な表情。  口の端を少し上げて自信に満ちた笑みを浮かべる彼はただ一人を見つめる。  背中に痛いほどの視線を感じて、彼女は肩越しに振り返る。  数メートルの距離で絡んだ視線は、解けない。  逸らすことも許されず、初めてその瞳を直視して、彼女は逃げられないと悟った。
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