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とっさな出来事に、一瞬時が止まる。
(え~と…昨日は、バイト掛け持ちしてヘトヘトになって家にアパートに戻ったら、ドアの前に人が…)
「あっ~~~~~⁉」
「うっせぇ‼耳痛ぇだろ‼」
(だって、確かに顔は整ってるとは思ってたけど、これは…)
蒼空を睨みつける男。確かに昨日の男である。が、蒼空の想像を軽く超えていた。迫力が違っていた。あまりの迫力に息をのむ。
(ほんとにどっかのテレビに出てんじゃ…)
「おい…お前…」
「‼……じゃねぇ」
「?なに?」
「お前じゃねぇ‼俺には蒼空って親から貰った名前があるんだ‼」
名前は数少ない両親からの贈り物のひとつだ。
『蒼空の名前にはね、広々と悠々と広がるあの空のように伸びやかな心をもった人になって欲しいっていうお父さんとお母さんの願いが込められてるの…』
小さい頃から聞かされていた話。子供ながらに妙にくすぐったい気分になったものだ。
「…ソラ、ね…じゃソラ。ここはどこ?」
それまでは、不機嫌丸出しだった男は急に珍しいものを見るような顔で、蒼空に訪ねた。
「はっ!?…てか俺が名乗ったのに『アンタ』じゃ言いにくくて仕方ないんですけど!!」
「…あ、俺?…永久(とわ)」
「じゃ、永久。ここは俺ん家。で、昨日俺がバイト終わりに帰ってくると、何故だか永久がドアの前に倒れてたわけ。なんか熱もあったみたいだったからとりあえず寝せて……覚えてない?」
「…全く。てかそれ以前、俺の名前以外思い出せん…」
「はぁ!?…マジか!?上の名前は!?職業は!?…そだ携帯は!?」
(携帯!自分のこと分かんなくてもアドレスに親とか知り合いが載ってるはず!)
ぱっと表情が明るくなる蒼空だが、永久のポケットからは携帯らしきものはおろか、身分がわかるものは何一つ見つからなかった。
「なぁ、ソラ。…そんなわけで、当分よろしくな!」
おまけに永久からの悪びれた様子もない驚きの爆弾発言…。
「…はぁい~!?」
朝一番、蒼空の声がアパートにこだました。
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