峠で壊れて

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[すみません]  声を掛けてみたが車内からは返事もない。  しかし、エンジンキーだけは挿したままになっていた。  彼女は車の前で足踏みしながら待ち主の帰ってくるのを待った。  服の袖を握ると雨水がぎゅっと絞り出た。熱が上がったような気がした。  中学生の頃、肺炎を経験した彼女は反射的にバンのドアに手をかけた。  ドアは難なく開いたという。  車内灯は点かなかったが二列に並んだ奥のシートに人影があった。 [ごめんなさい。車が故障しちゃって……助けて欲しいの]  体を滑り込ませ、人影に近づいた。  若い女性だった。ぐっすりと眠っているようで彼女の言葉にもぴくりともしない。 [ごめんなさい……あの]  手をかけて引っ込めた。 少女と言っても良い女の体は冷たくなっていた。
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