風物詩、夏祭り

9/52

21717人が本棚に入れています
本棚に追加
/526ページ
うーん、見た感じ浴衣に損傷はない様子。よかったよかった。 「よいしょっと。もー、汚れちゃったよぉ」 浴衣をはたきながら不満そうな顔をする。浴衣の色は黒だからあまり汚れは見えない。 杏里さんの浴衣は全体が黒に染められており、所々に赤い花の刺繍が施されている。 普段の無邪気な女性と違い、大人びた様子が演出されていた。 「裕君、行こっ」 杏里さんが俺に手を差し出す。俺にはそれが神々しく輝いて見えた。 「あの、えっと……」 少しだけ躊躇った。さすがにこの歳になれば女の人と手を繋ぐのは恥ずかしい。 「もう、えいっ」 不意に俺の右手は包まれた。 「あっ、はわわっ」 「お祭りにしゅっぱーつ」 杏里さんは元気に腕を振って歩き出す。俺はその身を流れに沿って動かすだけ。 手から暖かみが伝わってきた。同時に顔まで熱くなってしまった。
/526ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21717人が本棚に入れています
本棚に追加