風物詩、夏祭り

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暗色に染められた広大な海は魔物が住んでいる領域のように思われた。とにかく不気味だ。 海の向こうには新たな大陸がある。でもここからじゃ確認することはできない。 子どもの頃、海を渡ったらアメリカに着くと聞いたことがある。あの頃は本当に無邪気だった。 しかし今になって考えてみれば、太平洋を跨いでアメリカに辿り着ける航路はわずかでしかない。それに距離が離れ過ぎている。 一般人が船旅で海外に出ようなど過酷な話。 「裕君、ありがとね」 杏里さんがとっさに放ったその一言は感謝そのものだった。 「僕のためにあんな人達に立ち向かおうとしてくれて」 「で、でも結局あいつらを追い払ってくれたのは琉李子さんだし」 「ダメだよ」 俺の口の前に人指し指が一本立った。 「琉李子には感謝してる。でもそれ以上に僕にムキになってくれた裕君が……かっこよかったんだ」 杏里さんがどのような表情で言ったのか、辺りは沈み俺の目には映らない。 ただしひとつ言えることは、俺の顔は極限にまで煮えたぎっているということだ。
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