壱 負け犬も歩けば云々

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 ヒコヒコ、明らかに言いにくいわけで。しかも、そう呼ばれると自分かどうかも分からない。確かに、俺の名前には彦が二回登場するけど。それなのに、ヒコヒコに拘り続けるほとり先輩。大した理由もないだろうはずなのに。 「彦坂直彦―、略してヒコヒコ。いいじゃん! モーマンタイ! 私ヒコヒコって名前超気に入ってるし! っていうか、可愛いと思うけど」 「そうですかー……」  釈然としないけれど。それでもほとり先輩は決めたことを譲らない。優柔不断とは真逆の位置に存在する人。そこは、ある意味尊敬するけど、時にそのほとり先輩的決断が変な風に働くわけで。だからもう少し考えて行動してほしいと思うこともしばしば。 「ふぅーん」  ほとり先輩が目を細めて、俺のほうを抉るように見てくる。 「あのさ、ヒコヒコ。世の中にあるいろんなことを受け入れていかないと楽しくないと思うよ、私は。何が起こるかわからない世の中だし、ってか、起こってほしいんだけど」  いきなり何を話すんだろうか、と俺はほとり先輩の瞳をじっと見つめた。 「例えば、ここにいる女の子たちはたぶんお金のためにこうやって、服脱いで、体を晒しているんだろうけど、それこそ昔はこんな風になるなんて思ってなかったわけでしょ? 小学生や中学生のときは、こんなことも考えられなかったことだったはずじゃん」 「それはそうに決まっているじゃないですか。まさかそんな小学生のときから雑誌のヌードアイドルやるなんて、そんな風に思っているわけがないですよ」  露出狂でもない限り。人生どう転がっていくか分からないはず。俺だって今みたいに、こんなGHQという場所でぐだぐだと生産性のない会話を展開していっているという現実を、中学生の時は一切想定していなかった。そもそも、部活には入らないと決めていたし。
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