579人が本棚に入れています
本棚に追加
ブルドックさんがカオルに気づく。目があったカオルは、微笑を浮かべた。美しい顔立ちの彼が、優しげに微笑めば、そこには花が咲く。ブルドックさんが思わず顔を赤らめた。
「失礼、マダム。先ほどからお見受けしていますが、誰か待っている方でも?」
胸に手をあてて礼を取れば、マダム・ブルドックは視線を泳がせた。
「え、えぇ。……連れが、急な用事でこれなくなってしまいましたの」
ひどいガラガラ声だ。礼の形に頭を下げたカオルは、顔をしかめる。しかし次の瞬間、頭を上げた時には、女殺しの笑みでその顔に花を咲かせていた。
「マダムとの約束をすっぽかすなんて、その相手は天に唾を吐くような愚か者ですね」
「まぁ……」
「私ならそんな勿体ない真似はしないな。例え私が破産するようなことになっても、私はマダムとの約束を取りますよ」
さりげない仕草で、マダム・ブルドックの、ソーセージが生えたロールパンみたいな手を取る。
「こんな美しい人の隣に立つ栄誉をいただけるなら、私は死んだってかまわない」
腰に手を回す。引き寄せるつもりが、寸胴の腰はどこをつかめばいいかわからなくて、ちょっと焦った。しかしそんなことなどおくびにも出さず、カオルはマダム・ブルドックをぐ、と自分の身体に引き寄せる。
「どうです? 私とご一緒しませんか? 貴方のような人の傍なら、どんな音楽も天上の調べになります」
とどめの一撃。耳元に、低い掠れた声でささやく。
マダム・ブルドックは腰がくだけそうになりながら、是も非もなくうなずいた。
カオルは満足そうな顔をして、マダム・ブルドックの手を取り、玄関口へエスコートする。
最初のコメントを投稿しよう!