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マダムは気の毒そうな顔で、警備員に問いかける。
「なんとかならないの? 彼は忘れてきてしまっただけなのよ」
「しかし、規則は規則ですから……。お連れ様のご入場は遠慮していただきます」
融通のきかない様子で、警備員は言った。マダムの眉がつり上がる。牙を向いて怒るマダム・ブルドックの迫力は、地獄の番犬にも匹敵した。
「わからない人ね! 彼の身元は私が保証するわ! それならば文句もないでしょう!」
「で、ですが」
マダム・ブルドックの猛攻に警備員がたじろぐ。カオルは心の中でマダム・ブルドックに拍手を送った。マダム・ブルドックはそのまま、警備員を押しのけて、のしのしとホテルの入り口に歩いていく。
「貴方と話したって無駄だわ。上の人と直接話をつけさせてもらいます」
「ちょ、ちょっと待って下さいよマダム!」
警備員は慌ててマダム・ブルドックを引き止めた。上に話をされて、叱られるのは自分だ!
「仕方ないな、わかりましたよ。今回だけは目をつぶります」
「うふん、ありがとう」
マダム・ブルドックは警備員に色っぽい流し目を送った。警備員の顔がひきつる。カオルは心の中で彼に合掌した。しかし、流し目を送った際、マダム・ブルドックが警備員に押し付けたチップは、彼の懐を大いに暖めることになるだろう。
こうしてカオルとマダム・ブルドックは、無事ホテル・ラウンドイットの門をくぐった。
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