Act.1 三人の泥棒

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   ラウンドイットの一階ロビーは、三階までの吹き抜けになっていた。天井では、遠くからでも解るほど豪奢なシャンデリアが、虹彩を放っている。黒と白の大理石がチェス盤のように敷き詰められたフロアの上で、コンサートの開演を待つ紳士淑女が、和やかな談笑を交わしていた。  彼らの中に紛れたところで、カオルはマダム・ブルドックに礼を言った。 「ありがとうございます、マダム。危うく私は至上の夜を送り損ねるところでした。貴方のような女神に会えたことを、幸運に思います」 「ほんとに口のお上手な人ね、貴方は」  まんざらでもなさそうに、マダムは笑った。 「本心からの言葉ですとも」  カオルは力説した。そう、本心からの言葉だ。名前も知らぬ相手の身分を、ごり押しして証明してくれる人になど、そうそうお会いできるものではない。 (あなたは泥棒の女神ですよ)  心の中で賞賛を送って、カオルは腕時計を確かめた。 「さて、開演まで時間がありますね。何か飲み物でもお持ちいたしましょう。暫くお待ちいただけますか? 私の女王様」  ふざけた仕草で、彼女の髪をひとふさ手にとり、唇を落とせば、マダム・ブルドックは夢見るように目をとろんとさせた。 「ええ、行ってらして。私の麗しい騎士様。でも、すぐにお戻りになってね?」 「勿論です。貴方こそ、私のいない間に他の紳士に目を奪われないように」  戯れ言に戯れ言で返して、カオルはマダム・ブルドックと別れた。  勿論、戻るつもりはない。    
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