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もう彼は帰ってこない
風はささやく
草花はまちぼうけの
メアリーを笑う
それでもメアリーは窓のそば
帰らぬ人の帰りを待つ
再び静まり返った車内を、少女の歌声が包みこんだ。
ニコが前座席の間に腕を渡し、ことんと頭を乗せる。歌に聞き入っているようだ。座席を掴むニコの指が、スローテンポのリズムを刻んだ。
「珍しいですね」
雑誌に視線を落としたまま、カオルが言う。
「ニコが、歌に聞き入るなんて」
「……うん。なんか、落ち着くね、このコの歌」
清らかな少女の歌声は、ごみごみしたウェノビアの空気とは、まるで違った穏やかさを、車内に呼び込む。
カオルも目を細めて、雑誌を閉じた。
「そうですね。なんだか、落ち着く歌声です」
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