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メアリーは今日も窓のそば
帰らぬ人の 帰りを待つ
いつか もう一度その腕に
抱かれる日を夢見て
少女の高いキーの歌声が、サビの部分を繰り返し奏でている。
静かな穏やかさに、満たされる、車内。
カオルとニコは夢見るように、少女の歌声に聞き入った。
エジーディオだけが顔を険しくする。
(虫酸が走るな……)
「あうぅ」
唐突にエジーディオが急ブレーキを踏んだ。まったく突然のことだったので、歌に聞き入っていたニコが前につんのめる。シートの間に埋もれて、ギアの取っ手に頭をぶつけた。鈍い音。
「いたいぃぃ……」
ぼそりと間延びした悲鳴をあげる。
それを放ったまま、エジーディオは未だ少女の歌声を鳴らし続ける、カーラジオのスイッチを切った。
「俺は嫌いだ、この歌」
吐き捨てるように言う。
助手席のカオルと、シートの間に倒れたニコが、エジーディオを振り向いた。
いつも人相の悪いエジーディオの顔が、五割増し怖くなっている。不機嫌な証拠だ。
二人は黙ってエジーディオから視線をそらした。
触らぬ神にはなんとやら、だ。
エジーディオはニコをどかして、サイドブレーキを上げた。
親指で、窓の向こうを示す。
「着いたぜ」
窓の外では、今日の仕事先、ホテル・ラウンドイットのけばけばしい看板が、ネオンに彩られて夜を照らしていた。
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