Act.1 三人の泥棒

7/43
前へ
/214ページ
次へ
   メアリーは今日も窓のそば  帰らぬ人の 帰りを待つ  いつか もう一度その腕に  抱かれる日を夢見て    少女の高いキーの歌声が、サビの部分を繰り返し奏でている。  静かな穏やかさに、満たされる、車内。  カオルとニコは夢見るように、少女の歌声に聞き入った。  エジーディオだけが顔を険しくする。 (虫酸が走るな……) 「あうぅ」  唐突にエジーディオが急ブレーキを踏んだ。まったく突然のことだったので、歌に聞き入っていたニコが前につんのめる。シートの間に埋もれて、ギアの取っ手に頭をぶつけた。鈍い音。 「いたいぃぃ……」  ぼそりと間延びした悲鳴をあげる。  それを放ったまま、エジーディオは未だ少女の歌声を鳴らし続ける、カーラジオのスイッチを切った。 「俺は嫌いだ、この歌」  吐き捨てるように言う。  助手席のカオルと、シートの間に倒れたニコが、エジーディオを振り向いた。  いつも人相の悪いエジーディオの顔が、五割増し怖くなっている。不機嫌な証拠だ。  二人は黙ってエジーディオから視線をそらした。  触らぬ神にはなんとやら、だ。  エジーディオはニコをどかして、サイドブレーキを上げた。  親指で、窓の向こうを示す。 「着いたぜ」  窓の外では、今日の仕事先、ホテル・ラウンドイットのけばけばしい看板が、ネオンに彩られて夜を照らしていた。    
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!

579人が本棚に入れています
本棚に追加