紅時雨

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   ――時は幕末、処は京。  蒸し暑い初夏の夜……血塗れの青年が、暗い路地にしゃがみ込んでいた。 「……はぁ……はぁ……っ」  頭から被ったようだった血は雨に流され、真っ赤な水溜まりを作っている。 「あの……」 「っ!?」  雨音に気配を掻き消されて気付かなかったのか、彼は背後から掛けられた声に身を強張らせながら振り向いた。 「その格好……もしかして、追われているのですか?」  声を掛けて来たのは、少女であった。血を見ても、不思議と怖がっている様子は無く、屈んで傘を青年に差し出している。 「……正当防衛だったのですが……相手を何人も斬ってしまって」  驚いた拍子に、青年はうっかり事情を話してしまった。が、彼女は至って落ち着いた様子で、彼と目線を合わせるように膝を折る。 「家……近いので、来ますか?」 「え……でも――」 「早くしないと、見つかって面倒な事になりますよ」  彼女に急かされ、彼自身も焦っていた為もあり、"遠慮する"という選択肢は自然と何処かへ消えていた。 「では……お言葉に甘えて……」  人を斬った男を家に匿うとは、考えてみればあらゆる意味で不用心だが、青年にもそこまで気を配る余裕は無かったのだろう。それに、これを断れば、恐らくはまた人の命を散らす事になる――。  彼は腰を上げると、少女から傘を受け取った。    
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