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「すみません、里見さん」
ノックの音と共に、吉沢の声。
ドアを開けると、当然のように冴えない顔があった。
「あら、どうしたの?」
昼も過ぎた頃、テレビも下らないワイドショーかつまらないドラマぐらいしか流さない時間だ。
普通のサラリーマンなら仕事に出ているはずのこの時間、この冴えない男が家にいることはもうみんな知っている。
「お醤油を、貸していただけませんか?」
随分と所帯じみた用件。
「いいわよ。とりあえず入んなさいな」
「はい、すみません」
しきりにペコペコしながら部屋に上がる吉沢は、やっぱり冴えない。
「お醤油、どれくらいあったら足りる?」
「えーと、肉じゃが二人分だから・・・、このカップに一杯お願いしていいですか?」
「はいはい」
差し出された蓋付きのカップに醤油を注ぐ。
「里哉君は学校?」
「はい、転校してきたばっかりで心配してたんですけど、友達もちゃんとできたみたいで」
「親が心配しなくても、子供はしっかりやってるものよね」
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、吉沢の冴えない笑顔が固まった。
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