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「なんだよ……それ――」
俺の声は、自分でも笑えるほど震えていた。
「あの先生には身寄りがなく、報復を考えられる方はいらっしゃらないだろうと油断しておりました。まさか試験者の身内が凶行に及ぶとは――さすがにそこまでは想定しておりませんでした」
「そうじゃないだろ……そうじゃなくて!」
「滝沢……様?」
「ダンナはこの際どうでもいいよ! それって……俺……俺が殺されるってことだろ?」
「あ、いえ、必ずしもそうとは限りませんで――」
「そういうことだろっ!?」
俺は湧き上がる感情を抑えられなかった。
「俺が誰かを殺したら、次はその人の身内なんかから俺が殺されるってことだろ!?」
怒りなのか悲しみなのか、それとも恐怖からなのか――叫びながら涙が溢れ出してきて止まらない。
「落ち着いてください! 滝沢様!」
渡邉の声はもう俺の耳には届かない。
「いや……だ、嫌だ、嫌だっ! 殺せ? 殺す? 死ぬ? 誰を? 誰に? 誰? 俺? 俺……俺が……」
「滝沢様! しっかり……しっかりしてくださいませ! あなたを殺させはしません! どうか落ち着いて――」
渡邉の言葉からは、いつもの丁寧すぎる敬語が消えていた。
彼は本気で焦っていた。
「滝沢様! 私すぐに参ります。どうか変な気を起こされませんように! 早まらないでください! 聞こえてますか? しっかりしてください!」
「聞こえてるよ……」
部屋を見渡す。
俺の体重をぶら下げるだけの、しっかりした紐がこの部屋にはない。
「滝沢様……なにをなさっているのです? 滝沢様!?」
「なにって……道具がないんだよ……」
次に、机の上や引き出しの中を探る。
「道具? 道具って……なにをなさるおつもりですか!」
カッターしかない
駄目だ……
「なにって……死ぬに決まってるじゃないか」
窓の下を見る。
二階じゃ駄目かな
でも頭からいけば……
「死……! おやめください! 滝沢様!」
窓枠に足をかける。
「じゃ――」
その足に体重をかけた瞬間、廊下から声が聞こえた。
「……一彦? どうかしたの?」
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