19446人が本棚に入れています
本棚に追加
契約書
この度新制令を施行するにあたり、試験的にこれを行うこととする。
指揮命令官 甲(以下「甲」とする)は、被試験者 乙(以下「乙」とする)に対し、書面にてこれを通知し双方の同意をもって契約成立とする。
乙は次に定める規約を守り、違反した場合には、甲の定める処分に従うものとする。
第1条 乙は、この契約内容及び制令に関しての一切を他言してはならない。
第2条 乙は、自らに向けてこの権利を発動してはならない。
第3条 乙は、甲に対して直接関与してはならない。必要のある場合は、甲の立てる代理人を通じて申し入れすることとする。
第4条 期間は本日から十日間とする。
第5条 この契約は、甲により内容の変更や突然の破棄を余儀なくされることがある。その場合、乙は無条件でこれに従うこととする。
以上に同意し、署名捺印をもって契約が成立したと認める。
2025年8月1日
甲 住所 東京都×××
氏名 若草 吾郎
乙
―――――――――――――――
「それではご署名を」
渡邉はペンを差し出した。
「ちょ……ちょっと待って!」
「はい。お待ちいたします。私はこう見えて、大変気が長うございます」
右手を胸にあてて斜めに頭を下げる。
こう見えてって……
しかし今は、敢えて突っ込まないことにした。
「なんだかごちゃごちゃ書いてあるけど……」
「恐れ入りますが滝沢様、この程度の文章が理解できないとおっしゃいますと、来年の受験は大変厳しいものになるかと思われ、私の心はいたたまれなく……」
先ほど眼鏡のレンズを拭いたチーフを再び取り出し、目頭を押さえる。
「ご……ご心配、どうも……」
「いえいえ。で、何かご不明な点でも? あっ! ちなみに、そこの第3条にあります代理人とは私、渡邉のことでございます!」
両腕を広げ胸を張る――誇らしいときのポーズが出た。
――代理人がこのオーバーアクションの男
そんなこと改めて言われなくても分かってるんだけど……
俺は契約書の内容よりも、この秘書に突っ込むタイミングばかりを考えていた。
最初のコメントを投稿しよう!