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「私の顔に何か付いておりますでしょうか?」
急に聞かれて、契約書そっちのけで渡邉ばかり見ていた俺は、ひどく焦った。
まさか
「それ……ヅラ?」
とは口が裂けても聞けない。
それこそこの七三男は、今ここで【人殺し権】を発動しかねない。
「あ、いや……えっと……あぁ! あと一人は誰かなって……」
渡邉は綺麗に七三に分けられた髪の毛を、一本も乱すことなく首を横に振った。
「それは――申しあげられません」
さらに契約書を指差し、続ける。
「ここ第1条にございますように、このことは一切他言してはならないのです。もしも私がもう一人の方のことを漏らしてしまいますと、その時は……」
「その時は?」
渡邉はヒィーとかヒェーとか言葉にならない悲鳴をあげた。
「めっ、滅相もございません! 私が小池様のことを口走るなどあり得ないことでございます!」
ガタガタと震えだした自分の体を両腕で抱き、真っ青な顔で叫んだ。
「……ふーん、あり得ないんだ」
俺はにやけそうになるのを抑えつつ言った。
「もっ、もちろんでございますっ!」
「あっそ。ところで、小池さんって、誰?」
俺が聞いた途端、今度はヒョェーとはっきり言いながら、万歳のポーズで3cmほど飛び上がった。
「あっ、あなた! どっ……どうしてそれを、なぜその方をご存知なのですっ!?」
「どうしてって……そりゃたった今、渡邉さんが俺に教えてくれたからに決まってるじゃないか」
「OH!」
渡邉は外人のように叫び、天井を仰ぎ見た後、両手で頭を抱え込んだ。
俺は、彼のかつらがずれやしないかと期待し凝視したが、残念ながら動かなかった。
「あぁ……私は……私はなんということを……」
うなだれて、そのまま玄関の床にガックリと膝をつく。
「――俺、渡邉さんとは仲良くやっていけそうな気がするよ」
心の中でガッツポーズをとりながら、耳元でそっと言ってやった。
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