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「ふざけんな!!!絶対にやらねぇからな!!!今すぐに奈々を返せ!!」
どこか低い声で慶一が叫ぶように言う。
慶一……怒ってる……?
「え?え?今、このホテルに泊まれるって言った!?」
目を輝かせて春樹くんにそう言ったのは香織だった。
この遊園地の入場口となるこの場所には、ホテルも併設されている。
宿泊客だけは、夜間もライトアップされた遊園地内で遊ぶことができる…らしい。
この事は、奈々のすぐ隣の柱に貼ってあった案内のポスターに書いてある。
さっき香織もこのポスターをじーっと見ていたので、彼女もこの事を知っているのだろう。
「うん。上村くんと千堂くんが頷いてくれるなら……いや。上村くんさえ頷いてくれれば、千堂くんはどうにかなるか。どうする?上村くん。彼女、泊まりたいみたいだけど」
「………そんなの、香織の声を聞けばわかるよ」
「じゃあ、どうするの?」
「…………はぁ……ごめん、千堂」
「…………チッ」
「決まりだね」
そう言うと、楽しそうに笑う春樹くん。
決まり……?
何の話だろう…っと、香織と一緒に首を傾げる。
「もういいよ。みんな、ありがとう」
春樹くんのその声で、大勢の人たちがさーっと居なくなってしまった。
そうして人の波が消えたことで、ようやく慶一の姿を確認する事が出来た。
でもそれも一瞬の事で。
彼の顔はすぐに見えなくなってしまった。
驚くほどの速さで奈々の所へやってきた彼に、強く抱きしめられていたからだった。
彼の腕の中に閉じ込められたことで、身動きが取れなくなってしまった。
「……え?何だったの……?」
困惑する香織の声が聞こえる。
それはたぶん、突然消えてしまった人の波の事を言っているのだろう。
同じ事を奈々も思っていた。
あんなにもたくさんいた人が、どうして急に消えてしまったのだろう…?
たまたま…?
「おい、奈々」
慶一に名前を呼ばれて上を向く。
あ、少しだけ動ける。
腕の力を少しだけ緩めてくれたようだ。
けれど離してくれるつもりはないようで、それ以上彼の腕は全く緩まない。
「なぁに?慶一」
「アイツに何かされたか?」
「アイツ…?何かされた…?」
首を傾げて彼に問い返す。
「長谷川だよ」
「え?春樹くん?何かって…?」
「触られたりしなかった?」
「え?触られる…?うん。特に何も」
本当に何もされてないので、コクンと頷いて言う。
「ああ……そう」
そう言うと、どこかホッとした表情をする慶一。
『じゃあ、楽しみにしてるね。上村くん、千堂くん』
そんな声が聞こえてきた。
この声は春樹くんのものだ。
だけど……
「あれ?春樹くんは?」
キョロキョロと周りを見渡しながら香織が言う。
声は聞こえるのに、春樹くんの姿は無い。
どこから彼の声が聞こえるのだろう…?
『奈々ちゃん、香織ちゃん。その腕に付けているヤツを持って、ホテルに行ってね。泊まれるようにしてあるから』
………え?
春樹くんに渡された、この時計みたいなやつで泊まれる…?
コレ、何なのだろう。
すごい……
『このあとも楽しんでね!それじゃ、また会えるのを楽しみにしているよ』
直後。
春樹くんの声は聞こえなくなってしまった。
「…………ん?何だったの?何か約束したの?」
上村くんを見上げて香織が言う。
「…………逃走ルートは確保してたって事か」
「どっかの組織の逃げ方みたいだったな」
「……はぁ…………二度とやりたくなかったんだけどな…」
「俺はやらねぇぞ」
「あまり抵抗すると、彼女の方に向くんじゃないの?」
「………………」
上村くんの言葉を聞いて、奈々を強く抱きしめる慶一。
「……慶一………?」
「……………まあ、いい。行こうぜ」
そう言った彼に手を引かれて、ホテルへと向かったのだった。
……………
………
…
「…………ちょっ…ちょっとまって、慶一」
「待たない」
「だっだって、奈々もう……」
「俺の前から居なくなっておいて、このままで済むわけないよな?俺の奈々ちゃん」
そう言うと、綺麗な顔をして笑う彼。
表面は笑っているけど、これは心では笑っていないように見える……
「逃がさねぇぞ、奈々」
逃げるつもりなんて無い。
大好きなあなたと一緒に居たい。
居たいのだけれど、これ以上…まだ………?
「けいいち…なな…もう……」
「ダメ。まだゆるさない」
そう言った彼の顔が、ゆっくりと近付いてきた………
…………………
…………
……
「………夜の遊園地。楽しみにしてたのにぃ…」
窓の外の景色を見つめて呟く。
昼間に駆け回った遊園地の中。
日が暮れた今は綺麗にライトアップされている。
本日招待された宿泊客だけが独占できる、贅沢な夜の遊園地だ。
その遊園地には行かず、奈々は園内を見渡せるホテルの部屋の中にいた。
行きたかったなぁ……
そんな事を思いながら外の景色を見つめる。
「だーかーら。行きてぇなら俺が連れてってやるって言ってんだろ」
そう言いながら奈々を後ろから抱きしめたのは慶一だった。
「………それはいい」
「なんで?」
プイッとそっぽ向いた奈々の顔を覗き込む彼。
「だって、抱っこして連れて行くって言うんでしょう?」
「そりゃあな。お前、歩こうにも足に力が入らないんだろ?」
「………………」
誰のせいだと……!!!
ムッとして彼を睨もうと思って振り返る。
その瞬間、奈々の唇に触れる温もり。
彼に唇を奪われてから気がつく。
ムッとして奈々が振り返るその瞬間を、彼は狙っていたのだ。
どうしてこうも行動を読まれてしまうのだろうか。
奈々は彼の行動が全く読めないというのに。
文句を言おうと抵抗するけれど、奈々の抵抗を無にしてしまうような力で強く抱きしめられる。
慶一の力が強すぎて、何一つ抵抗する事が出来ない。
深く口付けられて、息も出来ない。
力の入らなくなったその時、ようやく彼の唇が離れた。
この唇が離れた時、文句を言おうと思っていたのに。
あまりの深いキスに、彼に何を言おうとしていたのかなんて忘れてしまった。
力が入らない奈々の身体を優しく包み込む力強い腕。
その心地よい腕の中に包まれて幸せを感じる。
「俺から離れて逃げ回ったんだ。こうなるのは当然だろ」
どこか低い声で慶一が言う。
逃げ回った…?
「お前が居ないと………俺は…………」
どこか震えているように聞こえる彼の声。
その声が小さくて、なんだか聞き取る事が出来ない。
「慶一……?大丈夫……?」
その大きな背中に腕を回して彼の背中をそっと撫でる。
わずかに感じる、その身体の震え。
「俺から離れんな、つってんだろ」
「うん。離れないよ」
「………離れたくせに」
どこかいじけたような彼の声。
それって、さっき春樹くんに連れられて離れた事を言っているのだろうか?
確かに物理的な距離はできたけれど……
「慶一、奈々の事を探しにきてくれたんだよね?」
「当たり前だろ。お前は俺のなんだから」
「それってつまり、奈々の事を考えてくれていたんだよね?」
「…………まあ……うん」
「奈々もね、慶一のことを考えてたんだよ。あの絶叫系遊具に乗ったのかな?とかね。てっきり上村くんと二人で遊んでるのかと思ってたから。それにね、おばけ屋敷に入っちゃって怖くてどうしようもなくなった時だって、慶一の事しか考えられなかったんだよ」
だからね、っと言葉を繋ぐ。
「物理的な距離があったって、奈々は慶一の事をいつだって考えてるから心の距離なんてないんだよ」
そう言って彼を見つめて笑う。
「………………」
何も言わずに、ただジッと奈々を見下ろす慶一。
「………慶一?………ひゃあっ!!!……え?え?」
次の瞬間。
奈々の身体がベッドに沈んだ。
え?
あれ?
いつの間にか、またベッドの上に………?
急に彼に抱き上げられたと思ったら、どうやらベッドへと運ばれたらしい。
綺麗に整った彼の顔に見下ろされた。
「そうやってずっと、俺のこと考えてて」
奈々の頬に手を添えて、彼が言う。
そんなの…
言われなくてももちろん。
「うん。ずっと考えてるよ」
ニコッと笑ってそう言うと、嬉しそうに笑う彼と目が合う。
そうしてゆっくりと、大好きなその顔が近付いてきた。
密室 END
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