紫陽花

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 そんな要領で、女の背景を想像しようとしているのだが、どうにも背景が思い浮かばない。いつも一方的に、思うままに人の背景を想像していた私が彼女の背景に限って何も思い付かない。  私が彼女をまじまじと観ていたために、互いの視線がぶつかった。それによって女は怪訝そうに顔をしかめるだろうと思ったのだが、私の予想は外れた。女はただ無表情のまま私を眺めるばかりだ。  女の顔は見れば見る程に不思議な人相である。いたって、まったく、至極普通の顔なのだ。醜い何があるでもないし、美しい何があるでもない。つまり、印象に残る特徴が無い顔……一度(ひとたび)私が目を閉じてしまえば、もうその顔を思い浮かべることは出来ないだろうと思う程、何の変哲も無い顔なのだ。 「そんなに…怖い顔をして…どうしたんですか……?」  先に口を開いたのは女の方であった。ただ私と女の間には十メートル程距離があり、雨音が手伝ったのもあって聞き取るのは骨である。  私は女の問に対して、しばらく口を閉じる。顔は普通なのに、女の行動が実に異常だからだ。こんな雨の日に傘も差さず、ベンチに座している怪しい男に表情を変えないならまだしも声をかけるなど通常有り得ない。危険意識が欠如しているのか、または私を危険でないと判断したのか。 「それほどに俺の顔は怖いのか?」  それに対する私の行動もほとほと異常なものだった。いや、まあ、構わないだろう。相手が普通でないならこちらも多少異常であった方がとかく上手くいくものだ。と勝手に判断し、女の問いに答えた。 「はい……。怖いです……」
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