第1夜 月夜の晩に

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「あなたは、優しいんですね」  シアリスは男を見上げたまま、唇を動かした。  そんなシアリスの言葉に、男は僅かに眉を動かし、次にはその表情に自嘲とも取れる笑みを浮かべる。  紫紺の瞳を苦痛に染まらせ、歪んだ口元からは鋭い2つの牙を覗かせた。 「我にそんな事を言った“人間”は、お前が初めてだ……シアリス」  シアリスからそっと体を離すと、男は踵を返し、ある程度距離が開けたところで、再びシアリスへと向き直った。 「え……?」  囁かれるように、耳元で人間という単語を聞いたシアリスは、訝しみながら、男の行動を目で追って行った。  夜が明けるのか、徐々に明るくなり始めた空に、朝を告げる光が頭を出し始めた。 「我の名は――………アゼル アゼル=リディウス=ゲイン……次の満月の夜、お前を妻として迎えるに来よう……。 では、な……シアリス=セファライト」  喉の奥で低く笑うと、アゼルと名乗った男は紫紺の瞳を細め、優しくシアリスに微笑むと、その場から消えてしまった。  逆行で表情がよく見えなかったが、シアリスにはアゼルが笑ったのだと理解出来た。 「“満月の夜には決して外には出るな、魔物の王に攫われる”………か」  両親に繰り返し聞かされた言葉をシアリスは呟いた。 「本当だったんだ……」  シアリスは完全に明るくなった空を、何を思うでもなく、ただ見つめていた。 第1夜 了
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