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「芹那?開けるよ?」
西川に、この部屋で待っていてと言われ、狭い部屋でイスに座っていた。
ノックの音がしてから、返事をする前にドアが開いた。
さっきまで聴いていた大好きな声が、自分の名前を呼ぶ。
ここに居るのが、違う人だったらマズイんじゃないのかなぁ・・・なんて考えながら、声のした方に顔を上げた。
さっきまでステージに立っていたボーカリストが、おまたせと呟いた。
アンコールで着ていた、ツアーグッズのTシャツ・・・とは違うTシャツ。
メイクを落とし、髪は後ろで縛っている。
「そんなに見ないでよ」
達哉が珍しく、はにかむ。
ライブの余韻で、ボーッとしてしまっていた。
ステージで、同じボーカリストとは思えないほどのオーラを放っていたひとが、穏やかに微笑んでいる。
達哉に会うのも、どれくらいぶりだろう。
「泣いたの?・・・泣きむしだな」
そう言って、達哉は芹那の下瞼をなぞり、ぽんぽんと軽く頭を撫でた。
久しぶりの、達哉の手。
さっきまで、ギターを弾いていた手。
その手を取って、握った。
魔法のような手。
「どうした?」
「・・・この手、すごいなって思って」
「ん?そう?さすがに指痛いけどね・・・ここ、こんなイスしかないのか」
達哉は、近くにあったイスを側に寄せ、芹那と向かい合って座った。
懐かしくて美しい顔が、目の前にある。
芹那にしか見せない微笑み。
「会いたかった」
芹那は、こくりと頷く。
「ごめん、ツアー中は予定より忙しくなっちゃって。こっちに帰って来てるのに、全然会えなかったね」
仕事で忙しかったのだから、仕方ない。
すごく寂しかったけれど。
「フェスとか歌番組とか、頑張ってるみたいだね」
達哉に会えない寂しさを、歌にぶつけていた。
仕事で近くにいるのに会えないことも、何度もあった。
でも、時間があると達哉はマメに連絡をくれたので、それに救われていた。
会える日まで頑張ろう、そう思えた。
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