夏、ひとりとふたり。

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一瞬の出来事であったかのように、雨は去って行ってしまった。 私は名残惜しげに、手のひらを雲へと伸ばした。 運良くひと雨、ポツンと、小さな手のひらに落ちてきた。 その水は、顔を出した太陽のせいで、乾き、跡形もなくなってしまった。 どうしたものか?と私は手のひらをじっと見つめる。水が自分の手のひらの中に入ってしまったのか?そう思いながら、手をぎゅっと握ったり、開いたり、グーパー、グーパーと続けていた。 いづれわかるだろうと思っているのもつかの間、考えている暇も無く、景色がガラリと変わってしまった。 変わったはいいが、また夏だ。だが、雰囲気がさっきとはまるで違う。ここは病院だった。 見える視界のぶんだけ真っ白。白い世界がある。 誰かがベッドで寝ていて、誰かがベッドにすがりつき、泣いている。 ベッドに寝ている人の顔には白い布がかけられていたのだろう…が、外され、床に落ちていた。 死人の顔が露わになっている。 私は見たこともない光景に目を奪われ、好奇心で近付いてみた。 ドラマや映画でなら見たことはあったが、私の家族には、私が生まれてから誰も死んだ人は居なかった。そのせいもあったのだろう。その泣き姿を、寝ながら死んでいるその姿を見たかったのだ。 ──イヤ…。見たくない── まだ私は私を後ろから眺めていた。だからわからなかった。私が死んでいるであろう、その人を見た途端、後ろへ退いたのだ。 それは、見てはいけないものを見たから。 でも、自分は架空の存在で、実際にこんな所に来ているわけではない。が…。 ベッドにすがりついて泣いていた女性が、急に振り向き、私を見て怒鳴ったのだ! 「お前が殺したんだ!!」 最初は漫画のように、声など聞こえず、クチパクのように思われたが、後に私の耳元に、その悲痛な叫びは地鳴りと共に伝わった。 塞ぐこともできず、かといって逃げることもできずにいた。そこには何かで括りつけられたように、身動きさえも微動だにすることもできなかった。 ただ、視覚と聴覚だけが働いて、時たま感覚が振り返るかのように舞い戻ってくる。 私は夢の中なのに、私を見ている私は現実のように感じていた。 その後、あるものを見ることで私は夢だと確信することになる。ただ、それまでは、昔の私も存在していたのかどうかさえも不思議に思えて仕方がなくなる。そのことを肯定するまでは…。
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