いつも月夜に君の飯

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食事を終え、店を出て、さぁ目的も終わったしそろそろ帰ろうか。みたいな空気を纏いだした咲。 春馬『観覧車乗ろうぜぇ咲ぃ〜!観覧車ぁ〜!』 咲『嫌よ恥ずかしい!一人で乗れば!?』 春馬『そこまでメンタル強くないから頼んでるんじゃねぇかよ咲ぃ〜!』 咲に手を合わせて懇願を続ける俺。 やがて、咲は観念したように大きくため息を吐いた。 咲『…分かった、分かったわよ。一回だけね。』 春馬『あ、ありがとう咲ぃ!!女神様ぁ!!』 ツンツンな女神様を口説き落とす事に成功した俺は、そのまま観覧車へと向かったのだった。 こんなオシャレな商業施設のシンボル的なものなのか、その観覧車は無駄にデカくて色合いもオシャレだった。 話で聞く分には知っていた観覧車。 でも、実際に乗るの初めてだ。 期待に胸を膨らませた俺と冷めてる咲を乗せたゴンドラは、その大きな大きな回転とともに上昇を始めた。 春馬『すげぇぇぇ!!動いてるぞ咲!!こんな鉄の塊がどんどん上ってくぞ!!』 咲『子供じゃないんだからもう少し静かにしてよ…』 観覧車でテンション上がる俺を見て呆れる咲。 子供の保護者の図だな。 でもこんなんテンション上がるに決まってる。 春馬『観覧車なんか乗ったの初めてなんだよ!そりゃ騒ぎたくもなるだろ!』 咲『…………。』 黙って俺をジッと見る咲。 今日はよくその目を向けられている気がする。 でも、俺はテンションが上がっているから深く気にしてない。 さっきまで自分たちがいた地上が、もう段々と遠く、小さくなっている。 春馬『やっべ、ゆっくり上ってくと思ってたけど案外早いんだな!この調子だと頂上まであっという間ーー』 咲『ハルってさ、どんな家に住んでたの?』 テンション高い俺とは対照的な、落ち着いた声でそれを問う咲。 聞いた俺は、そのテンションの動きをピタッと止める。 ……どんな家、って……。 咲『信じられないくらい世間知らずだし、海外に住んでたって言うし、お金だってビックリするくらい持ってるし…』 そう言って、咲は疲れたように息を吐く。 咲『…育ちが良さそう、って言うのかな。なんか、どっかのお金持ちの御坊ちゃまみたい。』 春馬『…………。』 …正解、なんだよなぁ。 どこの誰とも知れない家出した男なんかを、何も聞かずに家に置いてくれてた桜庭家。 でも、そりゃあ、いい加減気になるよなぁ。 ここで、それを明かしたら…どうなるのだろうか。 俺が、桜井財閥の御坊ちゃまで、そんなやつの家出を助けてた…なんて知ったら… 春馬『…俺、さ。今のこういう生活、めちゃくちゃ好きなんだよ。』 ゴンドラの外の景色を眺めながらも、その目は外の景色なんか見ていない。 …桜庭家での日常は、失いたくない。 そりゃわがままだし、虫のいい話なんだけど… 春馬『毎日家に帰って、美味い飯食って、寝て…それがめちゃくちゃ嬉しくてさ。…失いたくないんだよ。』 だから、言いたくない。 …なんてのは、本当に都合の良い話。 咲だけじゃなく、皆知る権利がある。 春馬『…それを教えたら、多分、今まで通りじゃいかなくなると思う。それでもいいなら、言うよ。』 …ずっと、咲だって聞くのを我慢してたんだろう。 なら、もうこれ以上はダメだ。 ちゃんと言って、ちゃんと知ってもらおう。 それで、この毎日がなくなってしまったとしても。
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