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「じゃ、俺らは健全にお勉強といきますか。カイト、今日も数学……カイト?」
金泉のノートと自分のノートを開き、書き写そうとシャーペンを手にしたところで異変を察知する。
カイトが能面のように顔色を失い、黙りこくって俺を見下ろしている。制服を着替えるでもなく無表情に突っ立ったままの異様さに思わず身を引いた。
「ど、どうした? なんかやっぱ昨日から変じゃね?」
「いや、べつに。なんでもない」
その言葉を鵜呑みするにはあからさますぎる態度の豹変に、俺は昨晩から引っかかっていたことを口にした。
もしかして知らぬあいだに余計なことを言ったかやらかしたりしていただろうか? しかしその質問に対してもカイトは首を振るばかりで本音を明かしてくれない。なんだかこんなふうにハッキリしないカイトは嫌だ。いつもうざいくらい迫ってくる人間が、不満を抱えた面持ちで目を合わせようともしないなんて不快にすら感じられる。
だけどそんな身勝手な発言も憚られ、俺はそれ以上問い質すことができず手元に視線を落とした。
「カイト、ここのやりかたわかんない。ここ……」
習った覚えのない数式を指差して教えを請う俺の肩に、ふんわりをしたものが乗っかる。カイトの頭だった。
……どう考えても尋常じゃない。
なんでもないと言いながら普段とらないような態度で俺の気を引こうとするなんて、面倒くささに拍車がかかっている。いったいどうすればいいのか、俺はうしろから抱き締めてくるカイトの腕を振り払った。
「カイト、そういうことするなら俺帰るけど」
「……駄目だ」
「なんでだよ。話したくないならべつに言わなくていいから、そういうのやめて」
俺は勉強を教えてくれるというから来ているだけであって、こんな行為を許した覚えはない。
俺の拒絶に渋々斜向かいに移動したカイトが、自分もノートと教科書を開いてシャーペンを持った。そしてなにごともなかったかのような振る舞いで、俺に勉強を教え出す。その様子があまりにいつも通りすぎて、ことさら不信感が募る。情緒不安定すぎだろう。
なにかしら彼が葛藤していることは明らかなのに、その原因について思い当たる節がなく、その日はもやもやを抱えたまま過ごすこととなった。
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