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「すまない。怒らせるようなことは言わないでおこうと堪えていたんだが、やっぱり無理だった。朝居があまりに可愛いことを言うから押さえきれなかったんだ。それに手を繋いでも嫌がらないから、つい魔が差して……。キス以上のことをするつもりは一切なかった。だから……本当に悪かった」
らしくもなく焦りを滲ませた声で懸命に弁明する姿がいっそ哀れだ。
べつに怒っているわけではなくドン引きしただけなのだが、カイトは俺に嫌われたと早とちりしているらしい。
そんなにビビらせるような顔をしていたのだろうか、俺は?
誤解を解くべきか、このまま反省させておくべきなのか悩み、ちらりと背後を盗み見た。
相変わらずカイトのへこみ顔は犬っころみたいだ。
「……それって素でやってるんだよな、あんた」
「それ?」
「手にチューすんのとか、恥ずかしいこと言うやつだよ」
「おまえはそう言うが、べつに俺は恥ずかしいことをしたつもりはない」
「いや、出会った当初からだいぶ言動が恥ずかしい。あと、その顔もやめろ」
無垢な瞳で見上げるな。なんでか知らないけど、その目で見つめられると俺は強く出られないんだ。きっと犬派だからだと思う。
まとわりついてくるカイトを振り払いながら駅前まで出てくると、コンコースは帰宅ラッシュで混雑していた。
日常的な人のざわめきの中に飛び込むと、ようやく鼓動が落ち着いてくる。
定期で改札をくぐり、自宅方面に向かうホームに立つ。隣に並んだカイトが、腰を折って俺の顔を覗き込んできた。
「まだ怒ってるか?」
ハの字眉で俺の顔色を伺うカイトが憎たらしい。
「もとから怒ってなんかいない。そうやって気にするくらいなら初めからやるな。考えて行動しろって言っただろ」
「そうだな……。でも、朝居といると思考が鈍るんだ。頭の中がおまえで満たされて」
性懲りもなく馬鹿げたことを抜かすカイトの口を片手で塞いだ。やめろ、こんな人前で。
射殺すつもりで睨みつけ、罰としてなめらかな頬をギューッとつねってやった。ちっとも効いていないのが腹立たしい。
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