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「朝居」
ビル裏の奥まったところで足を止め、カイトがくるりと反転して俺の手を掴んだ。反射的に腕を引きそうになって踏みとどまる。
「おまえといると、俺の心臓がこうなる」
引き寄せられた掌がカイトの胸板にくっつく。厳密に言えば胸板の中心で、心臓の上辺りだ。
汗ひとつかかないなんて言ったが、俺の手首を握るカイトの手はじっとりとしている。緊張してるのだろうかと上目に窺うも、やはり彼は無表情に瞬きを繰り返すだけだった。
けれど……、
「おまえ、死ぬのか?」
「死なない」
「でもこれ、すげーバクバクしてんだけど……痛くないの」
そんな馬鹿げた疑問を投げかけてしまうほど、カイトの心臓の脈打ちかたは異常だった。
ドキドキとかそんな可愛らしい表現は当てはまらない。
中で道路工事でもしてるのかというような激しい振動に、驚きを通り越して恐ろしくなる。
本当に大丈夫なんだろうか?
「これっていつも通り? 今だけこっそり携帯のバイブレーション使用してるとかじゃなく?」
「してない……でも今日はいつも以上にドキドキしてる。久しぶりにこんなに近づけたから、嬉しい」
頭上で熱い息を吐き出し、堪えきれなくなったようにカイトが俺の肩口に顔を伏せる。そのあいだも彼の鼓動は失速することなく、むしろ早さを増していくように思えた。
なんか……つられて俺までドキドキしてきた。体温が急上昇して、首筋からじんわり熱くなってくる。気づけば腰と背中に腕がまわされ、ギュウッと強い力で抱き締められていた。
狭い空間で密着しているから暑くてしかたないが、カイトの頭がすりすりと懐いてくるのがそれほど嫌ではなくて、俺は両手を体の横に下ろしてぼんやりとしていた。
人に抱き締められるのって心地いい。遠くから伝わってくる血潮の音に耳を傾けていると眠気に襲われる。相手はカイトだというのに、すっかり気を許してしまっていた。
「……朝居、寝てるのか?」
もたれかかる俺の重みが増したのか、カイトが体を離して覗き込んでくる。
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